東京高等裁判所 昭和42年(行コ)28号 判決
亡戸田春市の死因を考察すれば、春市には発病までに格別の前駆症状がなく急速に眩暈、頭痛を訴え、間もなく昏睡状態に陥り遅くも十数時間内に死亡した点から推して、高血圧性脳出血の可能性が最も強く(春市が眼疾治療のための入院時における血圧測定結果は異常でないが、安静時のものであるから、右発作時における血圧が正常であつたとは認定できない。)、次に動脈瘤による蜘蛛膜下出血の可能性があると認められて(脳血栓症の可能は少なく、乙第七号証は採用できない。)、いずれにせよ脳血管の破裂によることはほとんど疑ないけれども、その原因は、春市の剖検が行われていないこともあつて十分な医学的断定は困難であるが、前記眼疾の際の網膜出血からみて当時網膜血管硬化があつたと考えられ、したがつて脳血管硬化の可能性も推定され、本件発病時には網膜血管硬化による血栓症は軽快していたと考えられるが、血管硬化は引続き軽度ながら存在していたとの疑がある。そして脳出血(蜘蛛膜下出血を含む)の原因はなお医学上議論のあるところで種々考えられているが、一般的には、遺伝的体質的素質を含む脳血管の何らかの異変に、肉体的、精神的衝撃が誘発原因となつて起るものとされることが認められる。
そこで春市の発病、死亡と同人の業務との相当因果関係(控訴人は業務上の死亡につき業務遂行性、業務起因性を要件とするといい、講学上かく説明されるのが普通であるが、要するに相当因果関係をいうものにほかならない。)をみると、前記認定事実からみて、捕鯨船砲手としての業務執行中それが直接の誘因となつて脳出血を起し死亡したものであると認められる。ただ春市に前記のような何らかの病変がすでにあつたとすると、誘因と死亡との間に相当因果関係を認めるべきかの問題がある。控訴人は一般に、ある人の通常の業務の範囲、程度を著るしく超えた精神的、肉体的負担(業務の異常性)が原因となつた場合に限るとする。人は毎日何らかの肉体的精神的な負担、刺激を受けて生活しており、業務の執行についてもそのような負担、刺激のないものは考えられないから、右の解釈には、業務上の死亡を社会生活における通常の死亡と区別するものとして相当の根拠がある。しかし業務には右の負担、刺激の元来比較的強いものも弱いものもあることは当然であり、その強いものについては、業務の異常性を強調するあまり、きわめて異例な過激性を要件とする結果になるのは公平を欠くといわねばならない(過激な業務には元来頑健な人がつくのが常態であり、その業務を志した以上はそれ相当の覚悟があるのであろうが、そうだからといつて右判断を左右しない。)。
ところで前記認定事実によれば、捕鯨船砲手は肉体的にも精神的にもきわめて負担、刺激の強い特殊な業務であるといえる上、春市の発病前の就労状況は、原審証人石井成和(春市の勤務する会社とは別の会社の捕鯨船砲手)の証言によつても、同業務の一般の場合より激しかつたと認められる(これを業務の異常性というかどうかはともかく、前記のように元来過激な業務の場合はその過激さに加えるに強度の異常性を云々する必要を見ない。)。この事実と、春市乗務の勝丸には医師が乗組んでおらず、発病時適切な医療措置ができなかつた点をあわせ考えれば、春市はその激しい業務の執行によつて死亡したもの、すなわち業務執行と発病、死亡との間に相当因果関係を認めるのを相当とする。
控訴人は現行保険制度の上から業務上の死亡について相当の限定を加えるべきことを主張するが、健康保険法(第一三条ノ二)国民健康保険法(第六条第四号)、厚生年金保険法(第一二条第二号)、労働者災害補償保険法(第三条第三項)はいずれも船員については適用がないし、船員保険を右各制度に準じて考察しても、業務と死亡との間に相当因果関係という「限定」を加えるべきことは当然であるが、その内容は各保険制度の対比自体から生じて来るものでないことは明白であるから、控訴人の主張は当を得ない。なお、労働基準法第七五条の業務上の疾病が法定されている(同法施行規則第三五条)からといつて、業務上の死亡(船員保険法第五〇条第三号、なお労働基準法第七九条)につき相当因果関係を右の限度で認定しなければならないものではない。
(近藤 田嶋 小堀)